仕事のなかでいちばん好きなのは俳優業
演出側ではなく演じる側として楽しんでいる
-読み切りを描き続けていた時と、連載が決まってからでは仕事に対しての意識や姿勢に変化はありましたか?
ありました。読み切りの時は正直本当に“描き捨て”という感覚に近いです。今書店で購入できる短編集は、連載が決まった後や、連載が決まる直前くらいの作品しか出回っていないので、その作品に関しては気に入っています。読み切りの頃は居酒屋でバイトをしながら漫画を描いて、恋愛もして。何がいちばん面白いかって聞かれたら恋愛だったので。やはりどこかで甘えがあったなと思いますね。漫画が二の次、三の次って感じで。連載が決まってからは段々私生活と漫画を同じくらいに感じるようになったんだと思います。連載が始まるまでは私生活の残り時間で漫画を描いていました。でも「私はこれを本気でやりますよ」という思いで描いた読み切りを、古谷さんが「あなた本気でやるようになったね」と褒めてくれたんです。そこから漫画を描くことと、自分の生活を一生懸命生きることが同じレベルになりました。
-連載が決まった時には気持ちが高ぶりましたか?
やっぱりそうなりましたね。なったけど、その前から連載になるかならないかというやりとりは何回もあったんですよ。なので、トントン拍子に決まって「やったー!」みたいな感情ではなかったかもしれません。
-働き方に変化はありましたか?
うれしかったというよりも安心しました。ひとまず自分が社会人としてやっていけるなと思いましたね。でも初めてのことなのでテンションが上がるというよりは、これでとりあえず2年くらいは大丈夫だろうくらいのモチベーションでした。その次に出したものが面白くなかったら、もう必要ないってわかるということだったから、ポジティヴな感情というよりもどちらかというと気を引き締めなきゃという気持ちでした。あと、ちゃんとした連載が始まった時は出産した年だったんです。子供を育てなくちゃいけないし、生活も変えなきゃいけない。妊娠、出産の時は専業主婦に近いような生活でしたが、産んでからは、月に何回かアシスタント来てもらってお金も払ってっていう感じで、生活の立て直しというか漫画家として生活するスケジューリングが怖かったです。マネージャーとかもいないので、全て自分で管理していましたね。最初なんて、アシスタントに払うお金もなくて。漫画ってすごくアシスタント代がすごくかかるんですよ。でもちゃんとしたものを出さないと雑誌に載った時に見栄えが悪いので当時の編集者に「どうしましょう」って相談したら、「僕お金持っているので、いくらでも貸します!」って(笑)。始まる前に借金があるなんて絶対にヤダって思いましたね。私はどうにか借金なしでできましたが、連載が終わった時には借金だらけということもよくある話なんです。アシスタント代のほうがかさんで、売上げとトントンにならないっていう。画面のクオリティを上げたかったり、背景もバッチリ作り込みたかったらその分お金がかかるので、最初の頃からやりたかったらもう借金するしかなくなりますよね。
-アシスタントを雇わず、1人で全て描くということはありえないんですか?
いえ、ありえなくないですよ。今はデジタルでやっている人も増えているので、1人でやる人も多いです。アシスタントというのはあまり効率が良くないかもしれません。
-漫画家のワークスタイルは、私生活との時間の区切りがないイメージがありますが、鳥飼さんの場合はいかがですか?
私が子供の世話をしていた時はちゃんと分けていました。私生活と一緒になってしまうのが嫌だったので職場を借りたんです。職場を持つようになったのはここ5年くらいで、完全に家と分けていました。家のなかで仕事をすることで、途中で仕事を抜けてご飯作ってお母さんみたいなことをして、また仕事で呼ばれたら戻ってという、プライベートと仕事の切り替えがない働き方は自分でも変だと感じて嫌だったんですよね。正直今は子供が平日お父さんのところに行っていて、土日しかいないので平日はもうぐちゃぐちゃです(笑)。それでもアシスタントが来る時間は決まっているので、ある程度は同じなんですけど。
-今も職場と自宅を分けていますか?
分けています。通勤してから原稿を作って、アシスタントにお願いしてという感じで。でもアシスタントはみんな私の話を聞いてくれる人達だからついつい喋ってしまうんですよね(笑)。彼らがいないとやっていけないんですけど、彼らが帰った後じゃないと自分の仕事がはかどらないんです(笑)。夜の10〜11時くらいにアシスタント達が帰って、そこから3〜4時間くらい1人で一気に進めるというサイクルが基本的なワークスタイルです。出勤は昼過ぎくらいで、仕事から帰ってきて寝る時間が朝方の4〜5時くらい。一般的な職業の方々と時間帯はずれていますが、起きる時間、寝る時間、働く時間は決まっています。私の旦那さんも漫画家ですが、彼は逆に時間に決まりがなく本当に自由で。寝ようと思って寝たこともないらしく、そもそもベッドで寝たことがないような人です。
-どこで寝ているんですか?
ずっと仕事をしているから描きながらズルズルとイスから落ちて床に寝てしまう、みたいな感じ。ランダムな寝落ちだから昼夜関係ないので、「今日はなんかわからないけど朝7時に起きた」みたいなこともありますが、寝落ちが2周半くらい回って“たまたま”朝の7時に起きたということで、もうどの時間に何時間寝ているかもわからない。そういう人もいるのでそれに比べたら私は分けているほうだと思います。
-漫画家としての得意分野と苦手分野はありますか?
得意分野は、セリフを考えるとか好きですね。あとは表情をつけるのも好きです。
-鳥飼さんの漫画はリアルなストーリーや画風が多いイメージがありますが、常に人を観察しているのでしょうか?
興味がある人のことはよく見ているかもしれませんが、他人に分け隔てなく興味があるというほうでもないですね。例えば漫画のなかでいうといろんな仕事に分けられるじゃないですか。原作、脚本、演出、監督、俳優、あと衣装も。漫画家はこれを全部自分で考えるわけで、そのなかで最近自分がいちばん好きだなと思っているのは俳優業ですね。これは演出する側ではなく、演じている側として楽しんでいるんです。
鳥飼茜 『サターンリターン』第1巻 P37より (c)鳥飼茜/小学館 週刊ビッグコミックスピリッツ連載中
-どんな部分で共感していますか?
もともと目立ちたがりで始まっていますから。本当は女優や舞台俳優をしたかったのかもしれないですね。でも漫画を描いていると自分で演技をつけられるので、その辺りが自分のなかで盛り上がっています。あと、セリフを作ることは脚本なのでこの2つが結構好きかもしれません。あとの仕事は必死で無理やりやってます(笑)。
-逆に苦手なものは?
話の伏線を考えるのは苦手ですね。
-そうしたら、今連載されている『サターンリターン』はミステリー要素があって大変なのでは?
そうですね、でも伏線ありきのストーリーになっています。そもそも狙って当てにいくっていうことがとにかく苦手なので、スベるんですよね。例えば、中田ヤスタカさんとか、川谷絵音さんとかそういう人達が「すごい」って言われるのはこういうものをやったらヒットするんじゃないか、と頭のなかでシミュレーションしたものが世に出した時本当にヒットして大きな数を生んでいるからだと思います。それをやれたらいいんだけど、自分には全然素質として向いていないなって感じて段々と諦めてきました。狙うとスベる、そういう人間がミステリーをやるのは結構無理があるんですよね。
-では、今回は編集部から「ミステリー作品でお願いします」と言われて?
話自体は打ち合わせのなかでこういう感じのものを描いてください、というやりとりがあって。大変ですけど、面白いんです。自分の作品だけど俯瞰して見る癖が身についていたし、やはり自分が“女優”なので(笑)、描いていることの雰囲気や情感が内側と近いんですよ。今の漫画は自分がたまに入ったり、たまに出たり、その外側と内側を単にカメラワークではなくて、主観で切り替える感じです。物語を作る時は今どの立場から作っているのかをたくさん変えなきゃいけなくて、それは面白いことですが、自分的には背伸びしながらやっているんですよね。
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Akane Torikai/鳥飼茜 1981年生まれ、大阪府出身。2004年に読み切りデビュー。2010年には『おはようおかえり』が青年誌に初掲載され、2014年に「このマンガがすごい!2014」にてオンナ編第9位。2015年「第39回講談社漫画賞」一般部門にて『おんなのいえ』がノミネート。月刊モーニングtwoにて2013年10月号〜2017年11月号まで連載していた代表作『先生の白い嘘』は、「このマンガを読め! 2015」で第8位。現在、週刊ビックコミックスピリッツにて『サターンリターン』が隔週連載中、第1巻発売中。 Twitter :@torikaiakane Instagram :@akanetorikai |
ILLUSTRATION: AKANE TORIKAI
INTERVIEW: KAHO FUKUDA
DESIGN: SHOKO FUJIMOTO
WEB DESIGN: AZUSA TSUBOTA
CODING: NATSUKI DOZAKI
(c)鳥飼茜/小学館 週刊ビッグコミックスピリッツ連載中