音楽の歴史は面白い。かつての高音質レコードには楽器のニュアンスやアーティストの息づかいなど、音の厚みまでもが記録されていた。その情報量を削ぎ落とした結果、CD/MP3とよりシンプルな姿形となり、リスナーの手の届きやすいところまでやってくる。「次はデジタルデータなのに高音質なモノが誕生する時代かな」と予測していたevalaを裏切ったのは、Youtubeの出現だった。
年々、世界では「音楽×映像」というコンセプトを掲げたイベントが増えてきている。リズムに乗って次々と変化していくヴィジュアルは、視覚的な分かりやすさを含みエンターテインメント性を高めた。オーディエンスはただ音楽を聴いたりライブを見るだけではない、現場での新しい楽しみ方を見つけたのだ。気が付けばセットになっていた音楽と映像。金管楽器から溢れる空気を感じながら純粋に音楽だけを楽しむ、その感覚は一体どこへ行ってしまったのだろうか。
evalaが2013年に発表したサウンドインスタレーション《大きな耳をもったキツネ》は、忘れ去られてしまった「音楽を聴く」ことで立ち上がる「仮想の映像」という、真の意味でのヴァーチャル・リアリティ表現を提案する。無響の真っ暗闇な部屋の中、たった1人で体験する未知の作品は瞬く間に話題となり、異例の1年延長が決定したと言うほど。そして、そんな伝説的な作品をアップデートさせたのが新作《Our Muse》。10分足らずのサウンドプログラムの中では、まるでアトラクションのような、短編映画のような、何とも言えない知覚体験があなたを待っている。
evalaが組み立てた音に包囲され、自分の体にまとわりつく音があっちへ行ったりこっちへ来たり。気が付けば心地の良い音色が奏でられ、気が付けば銀河の向こう側まで連れて行ってくれる。目の前は暗闇であるにも関わらず体験者の視界に広がっていくヴィジュアルは、evalaのサウンドによって呼び起こされた脳内に潜む記憶のコラージュ。存在していないヴァーチャルリアリティの世界でありながら、それは現実の中で確かに起こっているのだ。
映像のBGMとして聴く音楽ではなく、音楽が作り出す映像を見る。約7分間、特別に用意されたスペースで何からも邪魔されることなく、その感覚を体験することで音楽本来の在り方や未来が見えてくるかもしれない。